Aarteeniのブログ · 日々と心

「自分にひとついいことをすると、神さまがもう2つ、いいことをくれる」

「自分にひとついいことをすると、

神さまがもう2つ、いいことをくれる」 

 

 

もう10数年前、

健康な体も仕事もお金もなくて八方ふさがりで

ただ日々生きてるのが精いっぱいで

どうやっても出口がないような気がしてた時、 

なにかの本に書いてあった

こんな感じの言葉。 

 

 

なにせ

「我慢」と「忍耐」ですべて切り抜けるのがデフォ、

みたいな生き方をしてたので 

 

 

「いいことを自分にしたら、

神さまが罰として

2ついいことをさらっていっちゃう」

くらいに思っていたわたし。

 

 

 

 

 

罪人か 笑

 

 

 

 

そんなもので、

この本の言葉も半信半疑だったけど

でも、

もうそれをやってみるしか

いいことがこなそうなくらい

行き詰まってたので、やってみたんですよね。

自分にいいこと。  

 

自分にいいことって、

 

眠いけどがんばって早起きするとか

栄養のために嫌いなもの食べるとか

 

 

そういうのではなくて

ほんの日常の小さな、うれしいこと。 

 

 

でもそれをしたら、

なんかちょっとうれしくて、

からだもラクで、

それを思うだけで深く呼吸ができたり

ほっとできたり、

はあー幸せだなあと思えるようなこと。

 

 

ちょっと昼寝するとか、

今日はあのお弁当買って帰っちゃおう、とか 

かわいい髪型にしちゃおう、とか。     

 

 

当時のわたしがやったことも

 

たまにドトールでブレンドを飲むくらい許してあげる 

 

みたいな小さなこと。

 

 

 

「仕事もお金もないのにカフェでのんびりするなんて」

と罪悪感があったので

それすらもなかなかできなかったんですが 

 

この言葉に背中を押されるように、

やってみましたよ。何回か。

 

 

 

そうしたら!

ほんとうに2つ、

神さまからいいことが来たんですよね。  

(これ具体的に書けたらよかったんだけど、すっかり忘れている!

たぶん、夫が優しかったとか、

よい本との出会いがあったとか、そんなこと)  

 

 

 

まあ、

神さまというワードがしっくりこなかったら

ハイヤーセルフでもソース(源)でも

喜びの周波数が合致した

とかでもいいのですが

 

 

その時の「ほんとだ!」という興奮というか、

うれしさと驚きから

 

 

それまでの

「仕事してないのに好きなことするなんてダメ」

「自分の小さな楽しみなんか価値がない」 

という思い込みのベクトルがひっくり返り

 

 

自分にやさしくするのを許す

自分を喜ばせることをする

というのは、本当によいことなんだ 

 

何かに適応させるように我慢して生きるんではなく、

誰かのお世話だけにかかりっきりになるのでもなく、

 

自分の命(心身)を育む、慈しむ、

楽しむ方向でいいんだ 

その方が、しあわせだし世界が広がっていくんだ

 

と実感できたんですよね。

 

 

 

きっと、

出口がもうない、行き詰まり、

と感じていたのは

「このベクトルのやり方ではない」

という事だったんでしょう。 

 

 

 

今、とっても苦しくて

出口も見えないという方もいらっしゃるかも。

 

もしかしたら、

自分やご家族や誰かの命をどうにかつなぐために

がんばっていらっしゃって 

それだけで精一杯、

もうこれ以上なにするのも無理、

という方だっていらっしゃるかも。 

 

 

 

ぜひ、自分にいいことひとつ、してあげてくださいね。

 

 

 

仮にわたしと同じようにカフェが好きだったとしても、

ドトールで1回ブレンド飲むくらいでは

現実は何も変わらないかもしれない。

 

 

でも、

飲んでいる時のうれしさ、

からだのラクさ、しあわせ感、

ほっとできる感じを 

 

しみじみ体感するひとときを味わってほしい。

 

 

そうしたら

神さまが「ほれ」といいことをふたつ投げてくれるように

ふと別の道が見えるかもしれない。 

 

 

その道のサインさえもまた

ほんの小さなものかもしれないけど、

 

 

そこにほんの少しでも近づいていったり、

そのサインを喜んで受け止めたりしてたら

 

また別の道が見えてきたり

誰かに出会ったり

もっと本当はこっちに行きたい、

とかすかに思うかもしれない。 

 

 

その道中でもまた、

「いいこと」を自分にしてあげ続けていたら 

また神さまも「いいこと」をばりばり連投してくれて 

もっと先をみたくなるかも。

 

 

 

そうこうしているうちに、

ずいぶんと遠くまで来て

「もともとこういうことをしたかった」

「本当は日々をこういう気持ちで過ごしたかった」

と思えるような

 

本来求めていたような場所を

いつのまにか歩いているかもしれないですね。 

 

 

 

 

 

 

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