Aarteeniのブログ · 日々と心

はらい清めてうまれるもの

昨日は夏至でしたね。

今朝は何かが一新されたような、清々しいお天気。

 

あっというまに6月も下旬で

神社に行くと、夏越の祓に向けた茅の輪が

設置されているのをちらほら見かけます。

 

30日は、半年のけがれを祓って、感謝し

後半の無事を祈る大祓神事のところも多いみたいですね。

 

神事の時じゃなくても、

この趣ある茅の輪を八の字にくぐると

なんとなくリセットされた感がする!

ちょっとうきうきしながらくぐってます。

 

なんなんでしょうね、

この「こちら側から向こう側に行く」感じ、

 

シャワーを四方八方から浴びるみたいに、

輪に全身をくぐらせる行為。

 

トンネルくぐったり扉の向こうに行くと異世界、

みたいなファンタジーもよくありますし

いかにも新しい時期に移行するような

象徴的なイメージで面白いなあ、と思います。

 

毎年設置されるのをみると

おっ!あるある!!と嬉しくなってしまう。

 

茅の輪の赴きもかなり好きです。

 

 

祓いって

罪けがれ(厄とか悪いもの)を清める行為なのでしょうが、

 

厄や罪に限らず

自分についた余計なものをそぎ落として

新たな流れを生むという意味あいも

あるんじゃないかなあ、と感じます。

 

有名な神話に

「イザナギが、イザナミ恋しさに

黄泉の国に行ってしまい、

イザナミの変わりように驚いて逃げ帰って

身を清めたら

その身体から神様がたくさん生まれた」

というのありますよね。

 

このお話なんて

いかにもそういうことを象徴してる気がする・・・

 

 

本来の自分にとって必要のないものをそぎ落として

もともと持っている力が一層発揮されるようにする。

 

自分らしさが発露されるのを

覆い隠している不要なものを取り去る。

 

魂が持つ創造性を阻んでいるものをきれいにする。

 

清め、祓いの拡大解釈でしょうか?

でもそういう側面、あると思うんです。

 

 

自分にとって必要のないもの、というのは

もう自分を幸せにしないもの。

 

自分に合わなくなった思い込みやクセや制限とか

昇華できていない気持ちとか執着とか

わかっているけど手放せないエネルギーなどなど・・・

 

(今書いてて思いましたが

そういうのも言ってみれば「罪けがれ」なのかも。

「けがれ=気枯れ」で、

気が枯れてしまう事、

本来のイキイキした生命力がそがれてしまう事。

 

それも魂の視点から見たら「罪」「厄」レベルに

好ましくないこと、

もしかしたらそういう側面もあるかも…。)

 

日々一瞬ごとに見極めるのはなかなか難しいので

こういう節目節目で自分と向き合って

はらったり清めたりするといいのかなあ、

と思います。

 

 

ちなみに最近ようやく、

こんまりさん(近藤麻理恵さん)の

『人生がときめく片付けの魔法』を読んだのですが

片付けや断捨離も同じだなあ、と思いました。

 

心にフィットする、ときめくものを

大切に身の回りにおく、

何が好きで、何に心動かされるのかを見極める。

そうでないものは潔く手放す。

 

とてもシンプル。

なんだけど、ものや自分に向き合わないとできないこと。

人から見てどう、とか

常識的にはこう、ではなくて

自分の心や魂はどう感じるのかを問うこと。

 

片付けは「祭り(イベント的に集中してやるもの)」だと

こんまりさんも表現してました。

 

ちょっと特別に

自分と向き合う時間を意図的に作ることで

あたらしい流れを生み出せるのかもしれないですね。

 

 

不要な思考や制限諸々を

自分で手放すの難しい、と感じる方、

今年後半は一層自分らしさを出していきたい、

なにかクリエイトしていきたい、

という方には

アクセスバーズもおすすめですよ。

 

気持ちよく、リラックスしながら

自分本来の力があらわれるようボトムアップする感じ。

かなりわたしも助けられてます。

 

 

 

今日の夕陽、とてもきれいでしたね。

19時過ぎで、こんなに明るい。

陽が長くなったなあ、と思ってましたが

これからどんどん短くなっていくんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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